全国学力テスト結果の順位は公表すべきか
近年になって国際学力調査等の順位の低下が、「ゆとり教育」の弊害として取り上げられ、学力向上策へ方針転換が図られることとなりました。
その後、PDCA サイクル確立による教育改革が進められる中で、教育活動の結果を検証するものとして全国学力調査が位置づけられました。
こうしたゆとり教育是正の教育環境の変化の中で、全国学力テストの結果を公開すべきか、非公開とすべきかで議論が巻き起こっているのです。
全国学力テストは、正式名称を全国学力・学習状況調査といいますが、簡単にその内容を確認してみましょう。
出典:ウィキペディア
全国学力・学習状況調査とは2007年より日本全国の小中学校の最高学年(小学6年生、中学3年生)全員を対象として行われるテストのことである。実施日は、毎年4月の第3もしくは第4火曜日としている。一般に「全国学力テスト」とも呼ばれるが、学力・学習状況の調査的性格のあるテストである。
ひとりディベート:全国学力テストの順位公表問題の背景
今年の8月に平成26年度の結果が発表されましたが、関連した2つの報道が全国学力テストにまつわる問題を浮き彫りにしました。
ひとつは、秋田県が小学校の全4科目と中学校の国語Aが全国1位、中学校の国語B、数学A・Bが2位と、7回連続で全国トップクラスの結果となり「学力日本一」を維持したというニュースです。
出典:産経ニュース 2014.8.26 02:09
全国学力テスト、秋田は「学力日本一」維持 青森は全科目平均上回る
文部科学省が25日に発表した平成26年度の「全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト)の結果、東北では、秋田が小、中学校とも全国トップクラスの平均正答率で例年通りの「学力日本一」となり、青森が小、中とも全科目で全国平均を上回るなど北東北が好成績を収めた。
(中略)
●秋田
小学校221校、中学校126校が参加。小学校の全4科目と中学校の国語Aが全国1位、中学校の国語B、数学A・Bが福井県に次ぐ2位と、7回連続で全国トップクラスで、「学力日本一」を維持した。記者会見した米田進教育長は「家庭、地域、学校、大学などがそれぞれの役割と責任の下で、秋田県の子供たちを大切に育てようとする優れた教育的風土とともに、秋田の知恵、力が結集することによって成し遂げられた成果」と話した。
もう一つは、静岡県です。
静岡県の川勝平太知事が全国学力テストで成績の悪い小学校の校長名を公表すると表明していました。
しかしながら、懲罰的な下位校発表に伴う混乱を恐れた県教委と、「校長名公表」に固執した知事が、逆に成績上位校の校長名を50音順で発表する不自然な決着をしたのです(毎日新聞 2013年10月23日)。
この決着に基づいて、静岡県の川勝知事が小学六年国語Aの正答率が全国平均を上回った二百六十二校の校長名を今年の9月に公表したのですが、文部科学省は「明確なルール違反だ」と反発しているのです。
中日新聞2014年9月5日
川勝知事が市町別公表 学力テスト結果
◆文科省 ルール違反指摘四月に実施された全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)で、静岡県の川勝平太知事は四日、三十五市町別の公立小学校の科目別平均正答率と、参加した県内五百六校のうち小学六年国語Aの正答率が全国平均を上回った二百六十二校の校長名を公表した。テストの実施要領では、市町別の結果公表には各市町教委の同意が必要だが、知事は「学力テストは学力を上げるためにやっており、規則を守るためではない」と独断での公表を正当化。文部科学省は「明確なルール違反だ」と指摘している。
このように、全国学力テストの結果報道について秋田県と静岡県で明暗がわかれました。
日本一を喜ぶ秋田県と、(本来は全国平均を下回った校長名を公表したかったのですが)全国平均を上回った二百六十二校の校長名を公表した静岡県。
この背景には、長い歴史があるのです。
実は、学テと呼ばれていた全国学力テストは、昭和 36 ~ 39 年の中学生を対象としていましたが、学校間の過度な競争による弊害等が問題とされ、昭和 41 年に中止となりました。
ところが、近年になって国際学力調査等の順位の低下が、「ゆとり教育」の弊害として取り上げられ、学力向上策へ方針転換が図られることとなりました。
その後、PDCA サイクル確立による教育改革が進められる中で、教育活動の結果を検証するものとして全国学力調査が位置づけられたというのです。
出典:国会図書館 「全国学力調査」をめぐる議論
主 要 記 事 の 要 旨
戸 澤 幾 子
戦後、学力調査が行われるようになった背景には、新教育に対する「学力低下」への危惧から発展した学力低下論争がある。昭和 36 ~ 39 年の中学生を対象とした悉皆調査を中心に、教育現場に政治的対立が生じ、学校間の過度な競争による弊害等が問題とされた。昭和 41 年に調査は中止されたが、11 年間にわたる調査結果は詳細に分析され、その後の教育環境・条件整備のための基本的なデータとして活用された。
昭和 56 年に再開された調査は、現行の全国学力調査が実施されるまでは、基本的には学習指導要領の改訂に対応して、抽出調査の形で実施された。また、近年、教育改革への取組みの一環として自治体が独自で学力調査を行っているところも多い。
今回の全国学力調査実施の背景には、1990 年代を通じて進められてきた「ゆとり教育」とそれをめぐる「学力低下論争」がある。「ゆとり教育」に対する「学力低下」への危惧は、経年的、客観的なデータに基づくものではないが、国際学力調査(PISA2003、TIMSS2003)等の順位の低下が学力低下への懸念に拍車をかける形となり、学力向上策へ方針転換が図られることとなった。平成 17 年 10 月の中教審答申では、全国的な学力調査が、学校評価システムと並んで成果検証の具体策として提言された。その後、PDCA サイクル確立による教育改革が進められる中で、教育活動の結果を検証するものとして全国学力調査が位置づけられた。
さて、こうしたゆとり教育是正の教育環境の変化の中で、全国学力テストの結果を公開すべきか、非公開とすべきかで議論が巻き起こっているのです。
全国学力テストの結果公開に賛成派の議論と反対派の議論を取り上げ、両者の論理を確認してみたいと思います。
ひとりディベート:全国学力テスト結果の順位は公表すべきか 賛成派の論理
まず、全国学力テスト結果の順位は公表すべきという立場で論じてみたいと思います。
賛成派の基本的な立場は、現状が分からなければ、対策は取れないということです。
全国学力テスト結果の順位が公開されることで、教育側は説明責任が生じるので、保護者にきっちりと説明せざるを得なくなり、説明をすれば現状を改善するための方策をとらざるを得なくなります。
この良い例が、7回連続全国トップクラスで「学力日本一」を維持した秋田県なのです。
では、この「学力日本一」を主導した前秋田県知事寺田典城氏は、全国学力テスト公開についてどのように考えているのでしょうか?
実は、寺田典城氏は市町村教育委員会の多くの反対を押し切って、秋田県内の市町村別結果を公表して学力日本NO.1を達成した実績から、学力テストの結果を全国一斉開示すべきとの考えを表明されているのです。
なお、寺田典城氏は、1997年から2009年の12年間余り秋田県知事を努めていたことを予めお伝えしておきます。
さて、寺田典城氏は、かつて秋田の農山村は貧しく十分な教育が行き届かなかった為、1964年の全国学力テストで秋田県は全国最下位クラスの成績であったと述懐されております。
出典:【オピニオン】 ★学力テストは全国一斉開示を 前秋田県知事・寺田典城 2010年4月27日
かつて、秋田の農山村は貧しく、十分な教育が行き届かなかった。秋田県出身の農民作家・伊藤永之介は終戦後の農山村を「山美しく、人貧し」という言葉で表した。事実、日教組などの激しい反対闘争の中で実施された1964年の全国学力テストで、秋田県は全国最下位クラスの成績であった。また、同じ県内でも、農山村の貧しい子どもたちの成績は、都市部の7割程度でしかなかった。まさに所得格差による教育格差が実証されたのだ。
そこで寺田氏が2001年度から反対する文部科学省を押し切って少人数学習やチームティーチングを導入した結果、農山村部の学力は向上し、全国学力テストでは秋田県が3年連続トップクラスの成績を残すようになったのです。
出典:【オピニオン】 ★学力テストは全国一斉開示を 前秋田県知事・寺田典城 2010年4月27日
秋田県では1998年ころからゆとり教育への対応など義務教育の向上に着手し、制度としては2001年度から少人数学習やチームティーチングを導入した。これらは今となっては当たり前のことであるが、当時は反対する文部科学省を押し切って強引に手掛けたものである。また、秋田県独自の学習状況調査を実施し、授業などの改善に役立ててきた。早寝、早起き、朝ご飯といった生活習慣と相まって、7、8年ほどかけて農山村部の学力は向上し、全国学力テストでは秋田県が3年連続トップクラスの成績を残した。また、秋田県内では市部よりもむしろ町村部の方が成績が良く、児童生徒・学校・地域が本気で取り組めば、教育力によって貧しい農山村部でも良い成績を取れることが立証できたのだ。
さて、ここからが本論に関わる部分なのですが、「過度の競争や序列化を招く」と結果公表に反対している市町村教育委員会を押し切って、寺田氏が秋田県内の市町村別結果を公表した結果、学校ごとに、あるいは市町村ごとに、さまざまな工夫がなされ、地域住民も参加し真剣に教育について考えるようになったというのです。
【オピニオン】 ★学力テストは全国一斉開示を 前秋田県知事・寺田典城 2010年4月27日
日教組や旧態的な教育界の多くは「過度の競争や序列化を招く」と全数調査や結果公表に反対している。大都市圏あるいは都市部の教育が優れているというこれまでの常識から考えれば、「秋田県が全国トップになるのはおかしい。偶然ではないか」という声が多く上がったのも仕方ない。新たに序列化ができるのではなく、これまでの序列が壊れてしまうことが怖かった。だから反対したのだ。わたしは義務教育に責任を負う市長も経験し、そのような閉鎖的・旧態的・序列的な教育現場の実態をよく見てきた。
わたしは市町村教育委員会の多くの反対を押し切って、秋田県内の市町村別結果を公表した。それが県民のためになると思ったからだ。そして、全県トップが町村部の学校であることが県民に明らかにされた。その結果はどうか。過度の競争を招くどころか、学校ごとに、あるいは市町村ごとに、さまざまな工夫がなされ、地域住民も参加し真剣に教育について考えるようになった。全国的に見ても、秋田県の結果に勇気づけられ、創意工夫により学力向上を果たした事例が数多く報道されている。
(中略)
そのためには、抽出調査から悉皆(しっかい)調査に戻した上で、結果をきちんと公表し、「所得格差を教育格差にさせない」という強い意志を政治が国民に示すことである。国民の税金を投入して実施される学力テストだ。あくまでも子どもたちの将来の視点で考えるべきである。
秋田を学力日本一に押し上げた立役者の「結果をきちんと公表すべき」との意見には大変重いものがあります。
ここで別な例を取り上げてみましょう。
実は、橋本氏は現在大阪市長ですが、大阪府知事の時大阪府で市町村別の結果を3年間公表したが、何の混乱も生じていないというのです。
橋本大阪市長は、「事実を的確に認識し、それを公表する。社会システムの黄金の法則である。ところが教育行政の現場では、この黄金の法則の意味を分かっていなかった」と現状の教育委員会制度を厳しく糾弾をしております。
橋下徹 @t_ishin 2011-07-01 06:55:10
大阪府では、僕の判断で3年前から市町村別の結果を公表した。朝日新聞も毎日新聞も大混乱が生じる!と猛反対キャンペーンを張ったが、3年経った今、大阪府では何の混乱も生じていない。むしろ今大阪府は学力向上に向けて、府教育委員会、市町村教育委員会、教育現場が一致団結して頑張っている橋下徹 @t_ishin 2011-07-01 06:57:06
結果が公表されるので保護者に対する説明をきっちりとされるようになった。それまでいい加減な資料しか作っていなかった市町村が、見違える説明資料を作るようになり、説明会を開いている。学力指導に課題のある学校には重点的に人を配置する制度もできた。全ては情報を公開するところから始まった。橋下徹 @t_ishin 2011-07-01 06:59:18
事実を的確に認識し、それを公表する。社会システムの黄金の法則である。ところが教育行政の現場では、この黄金の法則の意味を分かっていなかった。学校毎、市町村毎の結果を発表されて一番困るのは教育現場。順位がはっきりするし、それは指導力の結果とも捉えられる。保護者に批判もされるだろう。
一方、橋本大阪市長は、文部科学省が学力テストの学校別結果を2014年度から公表できるように見直すとの報道について、「やっと有権者や保護者の感覚が教育行政の中に反映されてきた。」と歓迎しております。
出典:時事通信社 2013年10月21日
学力テスト、学校別の結果公表は「必要」=橋下大阪市長
大阪市の橋下徹市長は21日、文部科学省が全国学力・学習状況調査(学力テスト)の学校別結果を来年度から市区町村教育委員会の判断で公表できるよう、実施要領を見直す方向で検討に入るとした一部報道について、「やっと有権者や保護者の感覚が教育行政の中に反映されてきた。僕は有権者から選ばれて、肌感覚で学校別結果の公表が必要だと感じていた」と歓迎した。市役所内で記者団の質問に答えた。
橋下市長は「学校別結果を公表したところで、不当な序列化や過当な競争(を生むこと)にはならない。そうなったとしたら、それを防ぐ手だてを考えればいい」と強調。その上で「文科省が一律に実施要領で全面禁止なんていうことをやる必要はない」と語った。
実際、今年度から学校別結果公表が可能になった為、大阪市や松江市、佐賀県武雄市など少なくとも9市町村が、学校別の平均正答率を公表する意向であることが分かりました。
毎日新聞 2014年08月15日
学力テスト:公表9市町村 平均正答率、学校ごとに
今年度から学校別結果公表が可能になった「全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト、4月22日実施)について、大阪市や松江市、佐賀県武雄市など少なくとも9市町村が、学校別の平均正答率を公表する意向であることが毎日新聞の調べで分かった。
(中略)
25日に文部科学省が都道府県別の平均正答率や分析内容を公表するのを前に、毎日新聞が8月上旬、全都道府県と政令市の教育委員会にアンケートを実施。管内自治体分と合わせ公表方法や内容を聞いた。平均正答率を示す形で学校別の結果公表を予定しているのは、大阪市▽松江市▽石川県輪島市▽山梨県鳴沢村▽岡山県早島、奈義両町▽佐賀県武雄市、大町町▽沖縄県嘉手納町。大阪市は「校長が自校の平均正答率を含む結果、現状などを公表する」としており、学校ごとにホームページなどで公表する方針。大町町は佐賀県の平均正答率を100として学校(学年)の平均値を科目別に示す予定だ。
こうした状況の中、読売新聞はその社説で「テスト結果から、教師と保護者が共通の認識を持つことで、学校教育に対する保護者の理解が進むはずだ」としています。
読売新聞2014年08月26日 01時09分
全国学力テスト 適度な競争が好結果を生んだ
日教組は数値を示せば、序列化は避けられず、子供に過度なストレスを与えると反対するが、果たして、そうだろうか。
子供たちはどのようなところで学習につまずいているのか。学力アップには、どのような対策が必要なのか。テスト結果から、教師と保護者が共通の認識を持つことで、学校教育に対する保護者の理解が進むはずだ。
以上、全国学力テスト結果の順位は公表すべきという立場で、論じてみました。
ひとりディベート:全国学力テスト結果の順位は公表すべきか 反対派の論理
次に、全国学力テスト結果の順位は公表すべきという立場で論じてみたいと思います。
徳島新聞はその社説で学校別の成績公表による弊害を指摘しています。
徳島新聞4月24日付 全国学力テスト 混乱防止へ公表は慎重に
とはいえ、学校別の成績が公表されれば、順位付けは可能だ。数字が独り歩きすることが危惧される。
学力テストの目的は、子どもたちの学力や学習状況を把握し、指導に役立てることである。他校と順位を競うことではない。
何より、テストで測れるのは学力の一部だけだ。他教科も大切であり、ほかに生活力、社会への適応力の向上、心身の発達支援と、学校教育の目的は幅広い。
実は、全国学力テストは過去実施されて大きな問題を生じたから中止された歴史があるのです。
出典:JBpress 2010.03.03
政治に翻弄される「学力テスト」の悲哀
また過去の苦い経験も見逃せない。実は、全員を対象にした学力テストは過去にも実施されていたことがあった。文部省は1956年度からテストを実施し、61~64年度は中学生全員に受けさせ、全国とブロック別の平均点を公表していた。
ただ、テスト結果が漏れて地域間の得点競争を激化させたため、平均点を上げたい学校が成績の悪い子どもをテストに参加させないなど「学力コンクール」の様相を呈した。また学力偏重の傾向を嫌う日教組が教員によるスト(学テ闘争)で対抗したため、教育現場に混乱も起きた。この結果、66年度を最後にテストは中止され、その後は抽出方式に変更したテストが80年代から断続的に実施されている程度だった。
次に引用する論文から、当時の酷い状況をうかがい知ることができます。
例えば、日教組の「学テ」反対闘争の状況、「テストの当日は、成績の悪い子をよくできる子の左隣りに並ばせる。知恵遅れの子どもには欠席を強いる。テスト中に教師が、難問の正解を書いた紙切れをもって『監督』して廻る」香川・愛媛の実態など、当時の状況には想像を絶するものがあります。
こうした状況下で、当時の灘尾文部大臣も「全国一斉調査に弊害があることを認める。いつまでもやるつもりはない」と発言し、1966 年には、学テの中止を決定したというのです。
出典:園田学園女子大学論文集 第 44 号(2010. 1)浦岸英雄
全国学力テストはなぜ実施されたのか
(2)日教組の「学テ」反対闘争
旧全国学力テストに対して日教組は、(中略)1961 年 6 月の宮崎大会で、文部省が学テ実施予定日としていた「10 月 26 日は当初の教育計画に基づいて授業を実施する」という非協力絶対反対の方針を可決したのである。その結果、岩手県では 9 割以上、北海道・福岡・高知県では 6 割以上、宮崎・鳥取・大分をはじめ青森・東京・京都・石川・山口・熊本などで一部中止し、他県でも不完全実施となった。この反対闘争に対して、家宅捜査 160 箇所、任意出頭 2000人、逮捕 61 人、起訴 15 人、懲戒免職 20 人、停職 63 人、減給 52 人、戒告 1189 人に及ぶ刑事処分と行政処分が行われ、その後おおよそ 20 年にわたる裁判闘争へと移っていったのである。
(中略)
5)文部省学力テスト問題学術調査団
それでは、「学テあって教育なし」といわれた学テ体制下の香川・愛媛の実態を振り返っておきたい。
学テの県別集計の結果公表は 1961 年と 62 年の第一位は香川県、63 年は愛媛県であった。その愛媛県では「全国一斉学力テスト第一位獲得祝賀会」なるものが行われ文部次官が祝辞を述べる事態となっていた。
このような状況の中で 1964 年、教育学者等からなる「文部省学力テスト問題学術調査団」が香川・愛媛両県で実地調査を行い、『学テ教育体制の実態と問題』(以下『実態と問題』という)を公表し、「学テ」のもたらす弊害を明らかにした。
(中略)
後日、大田曉氏は『戦後日本教育史』の中で愛媛県や香川県の実態を次のようにわかりやすくまとめている。
「学テの強行実施の過程は、さまざまな退廃を生んだ。全国一、二位となった香川県と愛媛県の場合は、その典型であった。学テに備えての補習授業はもちろん、日常の教育活動も、学テに従属することになった。たとえば三年生の場合、その出題範囲は二年生の学習指導要領が中心となる。そのため、三年生の授業はそこそこに、二年生の復習にあけくれる毎日が続く。テストの当日は、成績の悪い子をよくできる子の左隣りに並ばせる。ちえ遅れの子どもには欠席を強いる。テスト中に教師が、難問の正解を書いた紙切れをもって『監督』して廻る。そのうえ、集められた答案用紙は、テストの集約地に集められる以前に、秘かに修正が加えられたケースもある。こうして、学力テストは、教師と教育の退廃をつくりだしていった。」
(中略)
このように作家・文化人も学テ体制を批判し、学テを憂える世論が一段と高まったのである。この世論の高まりが学テを中止に到らしめたもう一つの理由であった。
ついに、当時の灘尾文部大臣も「全国一斉調査に弊害があることを認める。いつまでもやるつもりはない」と発言し、1965 年には悉皆から抽出に変更し、その翌年の 1966 年には、学テの中止を決定したのである。
このように、全国学力テスト成績公開には苦い歴史があるわけです。そうした過去の過ちを繰り返すべきではありません。
日本弁護士連合会は、児童生徒全員を対象とする方法による学力調査に反対し、抽出やサンプル調査などの方法に改め、学校別の結果公表を許容する方針を見直すことを求めております。
出典:日本弁護士連合会 2014年(平成26年)8月21日
当連合会は、「全国学力調査に関する意見書」(2008年2月15日)で、その前年から復活した全国学力・学習状況調査に関し、問題の難易度、結果の公表、情報公開制度等を前提とするならば、教育現場における成績重視の風潮、過度の競争を招来し、教師の自由で創造的な教育活動が妨げられ、文部科学大臣の教育に対する「不当な支配」(教育基本法16条1項)に該当する違法の疑いが強いと指摘し、このような事態は子どもの全人格的な発達を阻害し、障害のある子どもに対する差別を招くなど、子どもの個性に応じた弾力的な教育を受ける権利を侵害するおそれが大きいとして、児童生徒全員を対象とする方法による学力調査に反対し、抽出調査やサンプル調査などの方法に改めることを求めた。
(中略)
これは、2010年に国連子どもの権利委員会が、高度に競争的な日本の学校環境が、子どものいじめ、精神障害、不登校、退学、自殺などを助長している可能性があると指摘し、極端に競争的な環境による悪影響を回避するために学校及び教育制度を見直すよう勧告した趣旨に反するものである。また、当連合会としても、2012年10月5日の人権擁護大会において、「子どもの尊厳を尊重し、学習権を保障するため、教育統制と競争主義的な教育の見直しを求める決議」を採択し、過度な競争教育の柱となっている全国学力テストを含む学校教育の在り方を検証し、必要に応じて見直すことを求めているところであり、到底看過することのできない問題である。よって、当連合会は、本件学力調査に関する学校別の結果の公表は、過度な競争教育を煽り、子どもの学習権・成長発達権を危うくするおそれが極めて高いことから、各教育委員会及び学校はこれを行わないことを求めるとともに、文部科学省は、該当学年の全児童を対象とする全国学力・学習状況調査の方法を改め、サンプル調査などの方法に変更するとともに、学校別の結果公表を許容する方針を見直すことを求める。
最後になりますが、成績が公表されれば、点数は独り歩きし、首長も校長や先生も、成績の良し悪しで評価され、下位層の子どもは自信ややる気を失うことに懸念を示す中日/東京新聞社説を引用して、今回の議論を終わりたいと思います。
中日/東京新聞/2014/4/23
全国学力テスト/学校の序列化が心配だ
文科省も賛否両論の板挟みになって苦しんだようだ。その証拠に、学校別や市町村別の成績公表にはいくつもの条件を付けた。
成績を一覧表にしたり、順位付けしたりすることは認めず、分析結果と改善策を併せて示す。成績は学力の一部分であり、学校教育の一側面であることをはっきりさせるといった具合だ。
それでも、点数の独り歩きを防ぐのは難しいのではないか。
首長も校長や先生も、成績の良しあしのみで評価されることになりかねない。テスト対策に偏った教育施策や授業が蔓延(まんえん)するかもしれない。下位層の子どもは自信ややる気を失わないか。
塾や習い事に通う子どもの多い地域とそうでない地域との格差が浮かび上がり、偏見や差別が生まれる危うさも否めない。
テストの目的は子ども一人一人の学力や意欲の向上に役立てることだ。互いに競わせ、大人が一喜一憂するための道具ではない。子どもに優勝劣敗の意識ばかりを植えつけるとすれば罪でさえある。
以上、全国学力テスト結果の順位は公表すべきでないという立場で論じました。
なお、行政に携わる地方自治体の方々と住民側として社会行政問題に関わる方々に対して、懸案問題に対して賛成と反対の両面から検討することで、問題の本質を掴み、内因性を理解することで、合理的で本質的な解決策を見出していくことを目指す、ディベート教室をご提案致します。
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