タクシー規制再強化の事例
タクシー規制は、1955年に道路運送法のもとで「需給調整」と「同一地域同一運賃原則」としてスタートしたのですが、小泉政権時の2002年に道路運送法が改正されて、新規参入を原則自由化されました。
しかしながら、タクシー業界からは、規制緩和によって、健全な経営は持続困難に陥り、運転者の賃金のさらなる劣悪化と、交通事故の急増が引き起こされているとして、規制緩和撤回を求める声が相次ぎました。
ひとりディベート:タクシー規制再強化の背景
御存知の通り、タクシー業界は道路運送法の下で規制対象の業界です。
タクシー規制は、1955年に道路運送法のもとで「需給調整」と「同一地域同一運賃原則」としてスタートした(東京プレスクラブによる)のですが、小泉政権時の2002年に道路運送法が改正されて、新規参入を原則自由化されたのです。
内容としては、1)認可制から事前届出制、2)最低保持台数が60台から10台に、3)営業所および車庫の所有からリースに、そして4)導入車両が新車から中古車で可に、規制緩和されました。
【出典:The Huffington Post タクシー規制緩和は失敗? 2013年08月17日】
タクシーの規制緩和(改正道路運送法)は、2002年に行われたもの。東京ハイヤー・タクシー協会のWebページにある『タクシー参入規制緩和とその後の実態』には、下記のような緩和が行われたと書かれている。
認可制か → 事前届出制
最低保持台数の緩和/60台 → 10台に
営業所および車庫/所有から → リースに
導入車両/新車から → 中古車で可に
その規制緩和の結果として、「タクシー会社の新規参入が増え、タクシーの台数も事業者が柔軟に増やせるようになった。長距離などの割引も増えたし、ワンコインタクシーと呼ばれる初乗り料金500円のタクシーが出てきた」(同上)訳です。
それ以降、タクシー業界からは、規制緩和によって、健全な経営は持続困難に陥り、運転者の賃金のさらなる劣悪化と、交通事故の急増が引き起こされているとして、規制緩和撤回を求める声が相次ぎました。
札幌市議会から内閣総理大臣や国土交通大臣宛に見直しの要望を提出しておりますので、その一例として参考までに引用してみましょう。
【出典:札幌市議会 意見書案第1号 平成21年(2009年)2月25日】
(提出先)内閣総理大臣、総務大臣、国土交通大臣、厚生労働大臣
タクシー事業の規制緩和政策の抜本的見直しを求める意見書
タクシー業界においては、2002年の規制緩和以降、新規参入と増車が相次いで車両台数が大幅に増加し、供給過剰状態が深刻化するとともに、適正なコストを無視した価格競争が拡がり、産業としての疲弊、荒廃が進行している。
タクシー業界の規制緩和によって、健全な経営は持続困難に陥り、運転者の賃金のさらなる劣悪化と、交通事故の急増が引き起こされている。
タクシー乗務員の平均年収は、長時間労働にもかかわらず、累進歩合賃金のもとで北海道では全国平均を下回る約241万円というところまで落ち込んでいる。
今や、規制緩和を見直し車両台数の適正化、同一地域・同一運賃制度の確立は、タクシー事業者、労働者を問わず、業界の一致した声となっている。また、過当競争による運転者の低賃金や繁華街の交通渋滞、交通事故増加は、公共輸送の安全に関わる国民的問題になっており、早急な解決が求められている。
よって、政府においては、以下の諸点を実現するよう強く要望する。
記
1 タクシー輸送の安全・安心の確保のため、地域ごとの参入や増車の基準を厳格化できるようにし、供給過剰状態を早急に解消すること。
2 過度な運賃競争を解消し、同一地域・同一運賃制度を含め適正な運賃制度を確立 すること。
3 企業経営上のリスクを運転者に転嫁するリース制は禁止すること。
4 労働者保護及び安全運行規定に違反する事業者に対し、強制減車や営業許可取り消しなど厳しい行政処分を検討すること。
5 福祉・介護タクシー、過疎地の乗合タクシーなどに助成措置を講じ、需要を拡大 すること。以上、地方自治法第99条の規定により、意見書を提出する。
こうしたタクシー業界の働きかけの結果、今年になって、タクシー業界に規制が強化されるという、大きな変化がもたされました。
それも、「規制改革こそ一丁目一番地」と標榜する安倍政権下だというのですから、状況は穏やかでは有りません。
【出典:産経ニュース 2014.3.29】
消える関西名物「500円タクシー」「5000円超半額」…規制緩和巻き戻し、“日本一タクシーが安い大阪”直撃
消費税が5%から8%に上がり、家計負担が増える4月。このタイミングに、タクシー運賃が「日本一安い」とされる大阪でも、5千円を超える運賃を半額にする割引サービスが大幅縮小され、「500円タクシー」も姿を消す見通しとなった。法改正により、国が定める公定運賃幅を下回るタクシーは走れなくなるためだ。名目は運転手の待遇改善だが、長引く不況でタクシー利用者の減少が続く中、運転手からは利用者離れを懸念する声もあがっている。
「お役人さんの考えていることはよう分からん」
大阪市内の大手タクシー会社に勤める男性運転手は憤りを隠さない。怒りの矛先は、タクシーの「規制強化」に踏み切った国土交通省だ。
「強化」は法改正によるものだ。昨年11月、タクシーの強制減車や格安運賃の見直しを盛り込んだ「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法等の一部を改正する法律」という法律が可決、成立し、今年1月末から施行された。
改正法では東京23区のほか、大阪市や札幌、福岡などの中核都市のタクシーを対象に、国が運賃の上限と下限を定め、下限より安い運賃のタクシーは走れなくなる。4月の消費税増税後の大阪市の初乗り下限運賃は660円となるため、500円タクシーは姿を消すことになる。
さらに、国交相が「特定地域」に指定した過当競争地域では、タクシー会社や首長らで構成する「協議会」がタクシーの営業台数を削減させたり、新規参入や増車を禁止できる。いわば、国が運賃や台数に縛りがかけられるようになったのだ。
一方、ワンコインタクシー協会では規制に反発し、全国の32の事業者は4月以降も格安運賃を継続していたのです。
【出典:関西テレビ 2014年4月23日】
タクシーの初乗り運賃めぐり、国と格安タクシー業者が激突
この法改正で、東京23区の初乗り運賃は、4月から普通車が700円から730円になった。
(中略)
格安タクシーの存続に影響を及ぼす事態に、業界団体でワンコインタクシー協会の町野勝康代表理事は「もう憤りを感じて、じくじたる思い。経営権の自由を侵すようなやり方は、我慢ならない」と話した。
そこで、全国の32の事業者は、規制に反発し、4月以降も格安運賃を継続。
大阪のタクシー会社・ワンコインドームは3月、500円の初乗り運賃を続ける意思を、国土交通省・近畿運輸局へ伝えた。
ワンコインドームの吉岡和仁社長は「熟知しましたが、組合と話し合った結果なので」と話すと、役所担当者は「指導に従っていただけない場合は、勧告ということになり、運賃の変更命令が出る可能性もあるので」と伝え、物別れに終わった国とタクシー事業者。
しかしながら、国交省近畿運輸局は22日、国が定めた運賃幅を下回る運賃で4月以降も営業を続けるタクシー23業者に是正勧告し、従わなければ車両の停止や事業許可の取り消しに踏み切る方針を示したのです。
【出典:日本経済新聞 2014/4/23】
近畿運輸局、タクシー23業者に値上げ勧告
近畿運輸局は22日、国が定めた運賃幅を下回る運賃で4月以降も営業を続けるタクシー業者に是正勧告した。2府2県の23業者、約1400台が対象で、従わなければ車両の停止や事業許可の取り消しに踏み切る方針だ。
しかしながら、格安タクシー会社は、その値上げ勧告を不服として、一歩も引く気配を見せず、返って法廷闘争も辞さない構えなのです。
【出典:関西テレビ 2014年4月23日】
タクシーの初乗り運賃めぐり、国と格安タクシー業者が激突
ワンコインドームの吉岡和仁社長は「(国の勧告には)従わない。弁明書があるので、僕らが考えていることが、どういうふうに受け止められるのか。(国から)弁明の答えをぜひ聞きたい」と話した。
格安タクシーに愛着を感じていた大阪の人は、「500円は、やっぱり守ってもらわな。ほかでどんどん上げてんねんもん」と話した。
国は、勧告に従わない事業者には、最終的に営業停止処分を行う方針で、一方のワンコインドームは、数カ月後に660円に値上げをしたうえで、格安運賃が維持できるよう、訴訟を行う方針を固めていて、事態は、法廷闘争の様相も帯びてきた。
さて、以上のように、タクシー業界の規制緩和と再規制をめぐる問題は、大きな社会問題となりつつありました。
ひとりディベート:タクシー規制再強化に賛成
御存知の通り、タクシー業界は道路運送法の下で規制対象の業界です。
タクシー規制は、1955年に道路運送法のもとで「需給調整」と「同一地域同一運賃原則」としてスタートした(東京プレスクラブによる)のですが、小泉政権時の2002年に道路運送法が改正されて、新規参入を原則自由化されたのです。
これに対して、タクシー業界は2002年の規制緩和以降、新規参入と増車が相次いで車両台数が大幅に増加し、供給過剰状態が深刻化するとともに、適正なコストを無視した価格競争が拡がり、産業としての疲弊、荒廃が進行しているとして、規制強化を目論んでおります。
さて、今回はタクシーを規制することに賛成という立場で、問題を考えてみましょう。
ディベート的な基本的なアプローチとしては、今までに取り上げてきたことと全く変わりません。
すなわち、問題が深刻な状況にあり、対策しなければならない状況であることを示すのです。
其のためには、次の3点を立証しなければなりません。
1 タクシー業界自体の社会的な影響度合い
タクシー業界自体が大きく、その社会に与える影響が無視できない程大きく、重要であることが必要です。其のためには、例えば、業界を構成する人員、売上、社会的役割などを示す必要があります。2 規制緩和に依る弊害
社会的に重要なタクシー業界が規制緩和でどんな問題が引き起こされているか、そして其の問題がとても深刻であることを示します。3 内因性
上記で示した深刻な問題が、このまま対策を打たずに、放っておくと良くならない、或いはもっと深刻な状況になってしまうことを示します。
では、一つ一つ、検証していきましょう。
始めに、タクシー業界自体がどれほどの売上、人員で構成されているかを見てみましょう。
【出典:一般社団法人 全国ハイヤー・タクシー連合会】
法人事業者は1万4,798社、法人車両数20万5,683台で、個人タクシー4万639台を含め、総車両数は24万6,322台です。(国土交通省調べ・平成24年3月末現在)
平成25年タクシー運転者の賃金・労働時間の現況 まとめ
平成25年のタクシー運転者(男)の年間賃金推計額は、前年に比べ0.6%、1万9,000円増の298万200円であった。
一方、全産業男性労働者の年間推計額は、前年比-1.1%、5万5,800円減の524万1,000円となった。
統計データは、平成20年が最新なので、この年の統計データを見てみましょう。
【出典:一般社団法人 全国ハイヤー・タクシー連合会】
平成20年
営 業 収 入 1.94兆円
事業者数 57,055 社 (34百万円/社)
車両数 271,327台 (7.15百万円/台)
輸送人員 2,025百万人 (7,471人/台)
従業員総数 440,934 人
運転者数 376,399人 (5.16百万円/人)
業界の総営業収入1.94兆円という数字は、さほど大きくはないかもしれませんが、一事業者当たりの売上は、平均で34百万円ですので、中小企業がとても多い業界であることが分かります。
また、タクシー1台あたりの売上は、7.15百万円、運転者1名あたりでは、5.16百万円の売上です。
タクシー運転手の給与は歩合制で、売上の6割程度と言われていますので、月当たり3百万円程度の給与と指定されます。
一方、タクシー業界の社会での役割はどのように考えたら良いでしょうか?
平成20年に於ける輸送人員はおよそ20億人です。
年間で20億人ということは、平成20年の総人口は, 1億2808万人(確定値)ですので、国民一人あたり平均で一年に15.8回タクシーに乗っていることになります。
国民一人あたり平均で一年に15.8回というのは、結構頻度が高いわけで、すなわち、国民生活に必要な交通手段となっているといっても良いのではないでしょうか。
実際、東京ハイヤー・タクシー協会によれば、都市部におけるハイヤー・タクシーに依る輸送人員は3億9719万人であり、輸送人員最大であるJRの14億5065万人と比べれば、その27%にも及ぶのです。
【出典:東京ハイヤー・タクシー協会】
他の公共旅客輸送機関が限られた時間内(始発から終電まで)に決められた場所から場所(点から点)への輸送を分担しているのにくらべ、タクシーは、個々のお客様のニーズに対応してドア・ツー・ドアの24時間営業を行い都市生活に欠かすことのできない役割を担っています。
JR 14億5065万人
地下鉄 13億7889万人
私鉄 7億971万人
ハイヤー・タクシー 3億9719万人
路面電車 2124万人
都市交通年鑑(平成20年)による
タクシーは国民生活に於いて重要な交通手段であると言っても、過言ではないと思われます。
次に、規制緩和によって、どれほどの弊害が出ているかを検証してみましょう。
自交総連によれば、2001年度(規制緩和前、100%)から2008年度(規制緩和後)の変化として、タクシー台数は106%(27.4万台)に増えたが、走行1億キロ当たり事故は104%(170件)に増加した一方、運転者年収は91%(271万円)に減り、総輸送人員は87%(20.3億人)に減少してしまったというのです。
【出典:自交総連 2011年8月掲載】
規制緩和の「成果」(タクシー事業はどうなったか)
2001年度(規制緩和前、100%)から2008年度(規制緩和後)の変化運転中の急性死等 8→28件(350%)
タクシー台数 25.9→27.4万台(106%)
走行1億キロ当たり事故 164->170件(104%)
運転者年収 299→271万円(91%)
総営業収入 2.15→1.94兆円(90%)
総輸送人員 23.4→20.3億人(87%)
規制緩和後たちまち台数が増える一方で、活性化するはずだった事業は、営業収入も輸送人員もマイナスとなりました。その結果、1台当たりの売上が急減して、それに比例して運転者の賃金も急減することになりました。低賃金は長時間労働を引き起こし、過労から事故は増え、運転中の急性死に至っては4倍近くに激増しました。
あふれたタクシーが道をふさいで交通渋滞をまねき、不必要なCO2を撒き散らし、極端な低賃金から運転者の質自体も低下してサービスも悪化してしまいました。
こうしたタクシー業界の悪化状況を、「行き過ぎた規制緩和」と批判の声もあがったのです。
【出典:産経ニュース 2014.3.29】
タクシー規制をめぐっては小泉政権時代、「構造改革」の象徴として平成14年に参入規制や台数制限が撤廃された。結果、利用客が多い大都市圏を中心に、新規参入や既存のタクシー会社による増車が相次ぎ、台数が大幅に増加。乗務員一人当たりの収入は減少し、「行き過ぎた規制緩和」と批判の声もあがった。
最後に、内因性の立証が必要です。
内因性とは、問題は対策を実施しなければ良くならない、あるいは、悪くなる一方だという状況をいいます。
ここでは、タクシー業界が特殊で市場メカニズムが働かないことを示せば良いと考えられます。
即ち、タクシー業界は、道路というビジネスインフラに税金が投入されて市場が歪んだ状態にあり、いわゆる市場メカニズムが作用しづらく、規制緩和には適当ではなかったとの指摘があります。
【The Capital Tribune Japan 規制緩和論争の不毛 2013年8月28日】
タクシーの運転手は歩合制の割合が極めて高い特殊な賃金体系になっており、基本的に客を乗せないと給料を稼げない仕組みになっている。運転手の努力によってある程度、稼働率を上げることはできるが、「流し」で客を見つけるという業務の性質上、実車率は「運」に左右されるところも大きい。本人の努力とは関係ない部分で、業績連動給を強いられているというのが実態だ。
(中略)
もしタクシー業界が、歩合給ではなく、時間給で運転手に給料を払い、事業リスクについて従業員ではなく、事業者が負うという、世間ではごく当たり前の業界慣行になれば、きちんと市場メカニズムが働き、規制緩和を行っても適性な台数でとどまっていた可能性が高いのである。規制緩和の効果が高い業界と低い業界がある
本来は事業者がリスクを負担すべきビジネスインフラ(タクシーの場合には道路)をタクシーの場合は税金でカバーしてしまっている。タクシー会社が負担すべきリスクを国民が負担しているので、タクシー会社は必要以上に台数を増やすことが可能になるという構図だ。そこに加えて歩合給に偏った賃金体系が、事業者にひたすら台数を増加させるインセンティブを与えてしまっている。規制緩和は、市場メカニズムが作用しやすい市場で実施してこそ意味がある。同じ公共的な事業でも飛行機や電話のように、事業者が相応のリスク負担をしなければならない業種であれば、うまく機能する可能性が高い。その意味で、税金の投入で市場が最初から歪んだ状態にあるタクシーという業種は、規制緩和の試金石にするには、適当ではなかったのかもしれない。
以上、タクシー規制強化に賛成の立場で、議論を進めてきました。
ひとりディベート:タクシー規制再強化に反対
次に、タクシー規制強化に反対の立場で議論を進めていきたいと思います。
ディベート的に反対をするには、問題は重要ではない上、内因性がないことを示す必要があります。
今回は、内因性が無いことを証明する形で、反論してみたいと思います。
反論は次の3点です。
1 タクシードライバーの給与が300万円程度と安いというが、タクシー会社一社あたり従業員は7.7人であり、従業員10人未満の事業者の全国平均給与は304万円で、特に安いわけではない。
2 規制緩和されていた時期にも、改善して収益を上げることは可能であり、業界は努力不足。
3 実際に減車が実施されたが、売上や給与はかえって減少してしまった。
では、論点を一つ一つ検証していきます。
まず、第一の反論を取り上げてみましょう。
タクシードライバーの賃金が他の業界と比べて安いとの問題についてですが、タクシー業界は零細・中小企業が多く、その賃金水準は平均的なのです。
次の統計より、タクシー会社一社あたりの従業員数は、7.7人であり、典型的な零細・中小企業が多いことがわかります。
【出典:一般社団法人 全国ハイヤー・タクシー連合会】
平成20年
営 業 収 入 1.94兆円
事業者数 57,055 社 (34百万円/社)
車両数 271,327台 (7.15百万円/台)
輸送人員 2,025百万人 (7,471人/台)
従業員総数 440,934 人
運転者数 376,399人 (5.16百万円/人)
ここから計算をすれば、タクシー会社一社あたりの従業員数は 7.7人(=従業員総数/事業者数)となることが分かります。
次に、事業規模が1-9人の事業者の従業員の全国平均給与を見てみましょう。
次の統計資料から、それは304万円であることが分かります。
【出典:国税庁 平成24年分 民間給与実態統計調査】
平均給与 事業規模 1-9人:304万円
以上で理解できることは、タクシー業界は一社あたりの従業員数が7.7人という、零細・中小企業が多く、その事業規模における従業員の平均給与は304万円で、タクシードライバーの平均給与300万円程度は、不当に安いというレベルではないことが分かりました。
次に、第2の論点を見てみましょう。
規制緩和で収入が減ったと言われる中で、タクシー業界は努力をすれば収入が伸びる余地が多い業界でもあるのです。
実際、日本交通株式会社は、1日1車当たりの平均収入が2002年には都内主要タクシー会社平均より3,808円高かったにすぎませんでしたが、2007年にはその差を6,715円にも広げることができたのです。
【出典:日本能率協会コンサルティング】
改善実践事例【日本交通株式会社】
2002年時点で、日本交通は都内主要タクシー会社の1日1車当たりの平均収入に比べ、3,808円高かったが、2007年時点ではその差をさらに6,715円まで広げた。
その一つの理由として、従来のアナログ式の無線呼び出しでは、月間60,000台の配車が限界であったのですが、デジタル無線を導入することで、2007年には155,000台の配車を達成することができたのです。
さらに、日本交通株式会社は、近年では他社に先駆けて、スマホを利用したタクシー配車アプリ導入で成功を収め、配車アプリ経由の売上は20億円を超えているのです。
【出典:Yahoo!JapanニュースBusiness 2014/3/13】
100万超ヒットの事例から学ぶ 日本交通アプリはなぜ成功しているのか?
スマートフォン利用率が急増する中、クラウドとデバイスをフルに活用した新たなビジネスモデルを確立し、ビジネスを変革・成長させている企業がある。東京のハイヤー・タクシー会社、日本交通だ。同社は2010年6月ごろ、スマホを利用したアプリケーションを企画・発案。2014年1月時点でダウンロード数は100万超、アプリ経由の売上は20億円を超えるという。
このタクシー乗車アプリは画期的な発想で、ITpro EXPO 2013でCIOオブ・ザ・イヤーに、日本交通の執行役員、野口勝己氏が受賞したほどです。
【出典:ITpro EXPO 2013】
CIOオブ・ザ・イヤーは毎年、特に活躍が際立った企業のCIO(最高情報責任者)を選出するもの。今年は、ハイヤー・タクシー会社、日本交通(東京・北)の執行役員、野口勝己氏が受賞した。同氏は、スマートフォン向けのタクシー配車アプリの開発を指揮し、顧客と売り上げが増加する成果を出している。さらに利用範囲をグループ会社だけにとどめず、タクシー業界各社にも広げていることが評価された。
最初は日本交通のタクシーを呼ぶ配車アプリを2011年1月に公開。以来、配車台数は右肩上がり。直近では、無線センターに届く20万件のうち、15%はスマホからの依頼だという。しかもそのうちの6割が、日本交通のタクシーを初めて呼んだ、いわば新規顧客だった。「ミッションである顧客の創造にも貢献できた」(野口氏)。
以上の例でも分かるように、タクシー業界でも、努力をすれば売上を向上させることができる訳です。
つまり、売上が低迷する理由は、むしろ業界自体が旧態依然として、努力を怠っているともいえるのではないでしょうか?
最後に、第3の論点を取り上げてみましょう。
タクシー業界は、規制緩和でタクシー台数が過剰に増えてしまった結果、売上低迷などの諸問題が引き起こされたとしています。
実は、09年10月に施行されたタクシー活性化法により、タクシーの規制が強化された結果、全国のタクシー台数は2007年3月末の27.4万台をピークに2011年3月末には25.0万台にまで減少し、規制緩和前の水準に戻っていたのです。
【出典:自交総連 2011年8月掲載】
09年10月に施行されたタクシー活性化法により、タクシーの規制は図表2のように強化されました。
同法は、規制緩和の失敗によって供給過剰に陥った地域を特定地域に指定、増えすぎてしまったタクシーを減らして、正常化をはかることをめざすものです。
特定地域は、当初141地域、2010年10月までに156地域が指定され、法人タクシー台数の8割を占める地域が指定されました。ここでは、増車は認可制となり、新規参入も事実上禁止されました。減車等を協議する地域協議会が組織され、運輸局がその地域の適正車両数を算出して協議会に提示、労働組合の代表も入って議論し、地域計画が策定されました。
最低賃金法違反も道路運送法の行政処分の対象となるなど全国的に監査や処分基準が強化され、コストを無視し、労働者の低賃金を前提とした低額運賃も規制が強化されました。
地域計画に基づいて、2010年1月以降、個別企業が減車を含めた特定事業計画を申請し、認定を受けました。
2011年5月現在、全国の特定地域(基準車両数19.2万台)において、計2.4万台の減車計画が認定され、すでにかなりの部分が実際に減車されている。その結果、全国のタクシー台数(個人タク等を含む)は2007年3月末の27.4万台をピークに2011年3月末には25.0万台にまで減少し、規制緩和前の水準に戻りました。
では、減車が実施された後、タクシー業界はどうなったのでしょうか?
期待通り、収入は増えたのでしょうか?
「東京のタクシー 2013」によれば、2008年から2012年において、東京の法人タクシー数は17.5%減少したにも関わらず、輸送人員も運送収入も減少してしまい、タクシー乗務員平均年収は8%減少してしまったのです。
【出典:東京のタクシー 2013 東京ハイヤー・タクシー業界】
東京の法人タクシー数:2008年37,671→2012年31,092
走行キロ(km)(1 日 1 車当り) 257.0→247.8
実車率(%)42.0→41.9
運送収入(円)(1 日 1 車当り)46,333→45,103
輸送人員(百万人)312-→268
東京都タクシー乗務員 平均年収 436→401
東京都タクシー乗務員月間労働時間 205→210
ここで分かることは、タクシー台数を減車したにも関わらず、収入は減少し、輸送人員も減ってしまったのです。
これを見ても分かる通り、タクシー規制と収入や輸送人員との因果関係は希薄と言わざるを得ません。
こうした状況について、東京新聞では、安倍政権が「規制改革こそ一丁目一番地」としているが、業界寄りの規制を復活させ、消費者利益を損なうようでは、その宣言を真に受けるわけにはいかないと厳しく批判しているのです。
【東京新聞 2014年05月17日 タクシー規制 消費者の利益は無視か】
格安運賃で営業する全国の二十九タクシー事業者に、国が値上げするよう勧告した。過当競争を避ける狙いで施行した法律に基づくという。消費者利益を無視した規制強化であり、理解できない。
(中略)
タクシーが欠かせない交通弱者に負担増を強いる。タクシー運転手の雇用機会を奪うことにもなる。そもそも運転手の過重労働が問題であるなら、それは労働基準法など労働規制で対処すべきだ。事故が増加したというならば、運転手に対する技能研修や安全規制の問題である。
(中略)
過当競争を理由に規制強化を求めるのは既得権益者の発想であり、本来退場すべき業者の延命にもつながる。規制強化は陰で天下り官僚や族議員の増殖を許し、決して業界のためにならない。
結果的に日本のタクシー運賃は高止まりしていて、訪日外国人らを驚かせている。初乗り運賃の比較で東京はワシントンやブリュッセル、ソウルの二倍前後(国際金融情報センター調べ、二月時点)という異常さです。
安倍政権は「規制改革こそ一丁目一番地」と言います。しかし、業界寄りの規制を復活させ、消費者利益を損なうようでは、その宣言を真に受けるわけにはいきません。
以上、タクシー規制強化に反対の立場で議論を進めてきました。
減車しても売上や給与は減少してしまった訳ですから、タクシー規制強化すれば問題が解決するという内因性は、否定されたと考えられるのではないでしょうか?
ひとりディベート:タクシー規制再強化賛成・反対両論の総括
さて、ここまで、タクシー規制再強化について賛成と反対の両方の立場から、議論してきました。
最後に、今までの議論を総括してみたいと思います。
まず、タクシー規制再強化の背景の確認です。
タクシー規制は、1955年に道路運送法のもとで「需給調整」と「同一地域同一運賃原則」としてスタートした(東京プレスクラブによる)のですが、小泉政権時の2002年に道路運送法が改正されて、新規参入を原則自由化されたのです。
これに対して、タクシー業界は2002年の規制緩和以降、新規参入と増車が相次いで車両台数が大幅に増加し、供給過剰状態が深刻化するとともに、適正なコストを無視した価格競争が拡がり、産業としての疲弊、荒廃が進行しているとして、規制強化を目論んでおります。
次に、タクシー規制再強化に賛成の議論を見てみましょう。
1 タクシー業界自体の社会的な影響度合い
平成20年に於ける輸送人員は、全国で20億人であり、国民一人あたり平均で一年に15.8回タクシーに乗っているという、社会生活にとって重要な輸送手段である。
2 規制緩和に依る弊害
2001年度(規制緩和前、100%)から2008年度(規制緩和後)の変化として、タクシー台数は106%(27.4万台)に増えたが、走行1億キロ当たり事故は104%(170件)に増加した一方、運転者年収は91%(271万円)に減り、総輸送人員は87%(20.3億人)に減少し、弊害ばかりが生じている。
3 内因性
税金で道路というインフラが整備されているので、タクシーという業種は、事業者が相応のリスク負担をしなければならない業種と比べ市場メカニズムが働きづらく、過当競争から脱却しづらい構造にある。
次に、タクシー規制再強化に反対の議論を見てみましょう。
1 タクシードライバーの給与レベルは特に安いわけではない
タクシードライバーの給与が300万円程度と安いというが、タクシー会社一社あたり従業員は7.7人であり、従業員10人未満の事業者の全国平均給与は304万円で、特に安いわけではない。
2 努力すれば売上を上げることは可能
規制緩和されていた時期にも、改善して収益を上げることは可能であり、業界は努力不足。
実際、日本交通株式会社は、1日1車当たりの平均収入が2002年には都内主要タクシー会社平均より3,808円高かったにすぎませんでしたが、2007年にはその差を6,715円にも広げることができたのです。3 問題に内因性が無い
実際に減車が実施されたが、売上や給与はかえって減少してしまった。
「東京のタクシー 2013」によれば、2008年から2012年において、東京の法人タクシー数は17.5%減少したにも関わらず、輸送人員も運送収入も減少してしまい、タクシー乗務員平均年収は8%減少してしまったのです。
皆様は、賛成と反対のどちらの議論に説得性があると思いますか?
私としましては、上に上げた議論の範囲においてですが、タクシー規制強化に反対の方に説得力があるように思います。
それは、再規制賛成派が要望している、タクシー数量減車が実施された結果から、再規制賛成派が示している問題の内因性が無いと考えたからです。
再規制をして減車を実施することで、諸問題が解決すれば確かに再帰性賛成派の議論のとおりであったと思います。
しかしながら、実際には結果は逆だったわけです。
本当の問題は他にあったと思わざるをえないのです。
では、本当の問題は何なのでしょうか?
タクシー会社の大手であるMKタクシーは、運賃については認可制が残ってしまった「中途半端な規制緩和により弊害が生じた」と指摘をしています。
【出典:MK新聞 on web】
タクシー規制再強化法案の早急な見直しを求める
2013年12月2日今国会では、タクシー規制の再強化法案(タクシー適正化・活性化法改正案)が議員立法で提出され成立しました。
「行き過ぎた規制緩和」のため、タクシーの台数が増え、結果として、運転手の過重な労働、賃金低下、タクシー事故率の高止まりなどがもたらされたとして、以下の規制強化を図るものです。
1)需給調整の強化(特定地域における参入・増車の禁止、減車の強制)
2)運賃規制の強化(特定地域等では運賃の幅を公定)
しかし、そもそも「行き過ぎた規制緩和により弊害が生じた」という認識は誤りです。
むしろ、「中途半端な規制緩和により弊害が生じた」と考えるべきです。
2002年法改正では、需給規制は廃止したものの、運賃については認可制のもとで制約が残され、運賃の弾力化は十分には進みませんでした。この結果、十分に価格が下がらず需要が増えないまま供給が増加し、需給ギャップが生じたと考えられます。
運転手の労働環境の悪化、交通事故の高止まりといった問題については、労働時間の規制や運転手に対する技能研修・車両の点検といった安全規制の強化によって対処すべきものです。
それらを理由として、タクシーの台数を減らし、料金を値上げさせるというのでは、運転手の健康や処遇、さらにタクシーの安全性そのものを改善させる効果を何らもたらしません。
運転手の雇用機会を奪うことやタクシー利用者の犠牲の下に、主としてタクシー経営者の利潤を増加させることを意味します。
結局、需給調整や料金規制の強化は、特定の既得権業者の利益を守り、一般消費者や労働者の利益を害する政策と言わざるを得ず、昭和30年以来の古めかしい規制への回帰にほかなりません。
タクシー緩和再規制は、少なからず、第三の矢として規制改革推進を掲げている安倍政権の姿勢に、疑問符が付く結果となってしまったのは、否めません。
【出典:「生きてる経済解読」 2014-03-03】
既得権を握る業者の利益ではなく、消費者の利益を第一に考える。これが規制改革の前提のはずだ。安倍晋三首相は規制改革を進めると言うが、タクシー規制の再強化を見る限り、既得権を守る業界と規制権限を握りたい霞が関が復活しているようにみえる。
以上で、ひとりディベート:タクシー規制再強化の事例を終わりたいと思います。
なお、行政に携わる地方自治体の方々と住民側として社会行政問題に関わる方々に対して、懸案問題に対して賛成と反対の両面から検討することで、問題の本質を掴み、内因性を理解することで、合理的で本質的な解決策を見出していくことを目指す、ディベート教室をご提案致します。
ひとりディベートをより深く学ぶには、eラーニング「ひとりディベート講座」をお勧め致します。
ディベート教育株式会社では、次のような企業研修を行っております。ご参考まで。
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■ディベート研修 管理職向け
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